自分への投資は自分でするしかない
当然のことですよね。自分への投資は、自分でするしかありません。
一般的なことである、というふうに申し上げてもいいでしょう。
これを、自己投資、と呼ぶわけですが、自己投資、なんていう言葉があるから、
で、あるなら、他人が、自分に投資してくれるようなことがあるのだろうか?
などと考えてしまうようなことにもなり得る、ということです。
もしも、他人が、あなた個人に投資してくれるとしたら、それは、なんらかの
リターンがあるだろうと期待してのことであるでしょう。
このことは、自己投資の場合も同じです。自分が自分に投資する自己投資でも、
自分が自分に投資することによって、自分が、自分から、なんらかの配当を得たい、
得よう、と考えてのことであります。
全くの配当がない、見込めない場合、他人は、あなたに投資をしてはくれないでしょう。
しかし、自己投資、ということではどうでしょうか?
当面、なんらの配当も見込めなくても、あなたは、自分が生きて行くために、
また、生き続けるために、なんらかの投資を、自分にしていかなければなりません。
と、なれば、あなたは、どんな場合でも自己投資を続けることで、
確実に、リターンを得られる、ということになるのです。
なぜなら、あなたの人生はこれからも続いていくわけですから。
人生の次の場面ではなくても、次の次の次の場面であっても、
いま、あなたが行っている自己投資は、必ずリターンを生みます。
請け合ってもいいですよ。
自分を磨くこと
自己投資、というのは、今日では、ベタな表現に墜ちてしまった感が否めません。
自己投資即ち自分に元手をかけ、磨くことは、リターンを得ようとする場合に、いちばん効果が高く、現実的でありましょう。
ですので、人生のどの段階においても、常に自己投資をしていくことは、半ば当然のことです。
自己投資をしなくなれば、その時点で、過去の蓄積に頼ってビジネスを展開していくことにしかならず、そこに、新たな伸びシロは見込めないのです。
で、あるとするならば、私たちビジネスマンは、常に、自己投資をして自分を磨く、ということに心掛け、実践していく、ということと、同じ自己投資をする場合に、少しでも効率的な自己投資をしていくことを考える必要があります。
自己投資も投資ですから、効率的でない投資は、効率的でない分だけ、損失、ということになります。ですので、どのような場面のどんな場合に、どういう自己投資を行っていくことが効率的であるのか、という点について、常に考えておく必要があります。
考えの無い自己投資は、無駄が多い、ということになる可能性が高い、ということです。投資ですから、より多いリターンを望むことは当然です。で、あるならば、効率的な自己投資とは、どういう投資か、ということについて常に考えておく、ということは重要でしょう。
どんな自己投資が効率的であるのか、という点につきましては、まさに、各論となります。そのときどき、段階、状況、全てが関係してくる、ということなんですね。
Comments are off for this post長く生きるほど・・・
自己投資をどれだけしてきたか、ということは、長く生きれば生きるほど、
私たちの身辺や佇まいに、如実に現れ出ます。
それはもう・・・自己投資をどれだけしてきたか、ということですが・・・
隠しようがありません。
自己投資も、積み重ねですから、積み重ねている人と、そうでない人との間には、
本当に、その差が如実に現れ出てしまうんですね。
例えば、ここに、自由になる時間が2時間あるとしましょう。
その2時間、読書をする人と、パチンコへ行く人とでは、
・・・そういうことを連日のようにやっていては、これは、本当に、差がついてしまいます。
どういうふうに差がつくは、申し上げるまでも無いでしょう。
この2時間の時間で、例えば、fxスプレッドのことを調べて、fxで資産運用していこう、
という考え方もあるでしょう。
資産運用そのものは、自己投資にはなりません。
しかし、資産運用の考え方やノウハウが身に付く、ということを考えれば、
2時間をそういうことを学ぶ時間として自己投資した、ということにはなるかもしれません。
また、資産運用をして得た利益を自己投資に使う、というような考え方もあるでしょうね。
それだと、ギャンブルをして得たお金を云々・・・ということも言えなくもない、
ということになるかもしれませんが・・・。
もう、私は40歳代で、これまでに、どれだけ自己投資をしてきたか、ということが、
隠せない年齢です。これから益々自己投資をしていかなければなりませんが、
しかし・・・もう、これまでの自己投資の大小、多寡によってついた差は、
これから先の自己投資では、埋めようがないようにも思えます。
自己投資は常識になりました
今の世の中、学校や仕事以外で自分に投資する自己投資というのは常識です。
自己を成長させるための経験や体験をお金と時間をかけて自分自身=自己に施すのは
現代人の常識であるという認識はもはや一般的です。
ここでは、それは堅苦しい勉強ばかりが自己投資ではないということも述べてきました。
自己投資や自己啓発というと、偉い人や一流企業の創業者のありがたい話などを
ありがたがって聞きに行ったりすることがすぐ連想されますが、それだけが自己投資で
あると言いたいわけではありません。
むしろそれらも大事な自己投資ですが、自分の魂が求めていることを素直に認めて
チャレンジする事も大事な自己投資であるという事を主張してまいりました。
そして、チャレンジして失敗することを恐れずに、先ず実行。先ず行動。動くことが
大事なのでは?ということを提案してまいりました。
自分の仕事は自分で作るのがこれからの現代人に課せられた命題なのではないでしょうか?
しかし、いかんせん、まじめに学校の勉強をしてきて、ある会社に入り、まじめに仕事を
してきた我々は、学校や仕事場で「自分の仕事は自分で作る」そのやり方を学んできて
おりません。
それなのに、いきなり会社のトップから「自分で仕事を作って会社を儲けさせろ」と
言われたってできるはずがありません。
でも、そのような頭脳が求められているのが現代日本です。
「仕事は与えられる」から「仕事は自分で作る」という考え方のパラダイムシフトを
しなければ、生き残ることはできません。
要するに考え方です。
自己投資というと、すぐ自己啓発に結び付けて「怪しい」とか言う人がいますね。
確かに怪しい自己啓発系のセミナーとかありますので、一概には言えませんが、
怪しいか怪しくないかはやってみないと分からない部分でもありますので、興味が
あれば、先ずその自己啓発セミナーに参加してみるということが大事なのではないでしょうか?
みな失敗することを異常に恐れるように洗脳されていると思います。
私もそうでしたし、というか失敗することに対しての恐れは未だにありますし、かなり強い方だと思います。
でも以前よりかは大分その恐れは薄れてきていますので、なんだか良く判らない場合、やるのかやらない
のかといった判断をしなければならない場合は、よっぽど痛い目に遭うとか命の危険があるとか、
経験したくない痛みが予測できる場合以外は、「やる」選択をします。
取り敢えずやってみます。やってみてもすぐ内容が理解できる事ばかりでもありません。
そういう場合は見えてくるまでは続けてみます。
で、そうやって続けてしまうと、めったなことではやめられなくなってしまうのです。
これが良いのか悪いのかは自分では判断付きかねますけど、自分では悪くないと思って
います。
日本の教育では、テストで100点取る事が良いことであると教えられます。
でも、テストの本当の意味って違うと思うんです。
自分は何がわかってないかをわかるためにやるのがテストだと思うのです。
点数が悪いということは、覚えることや間違えて理解してることを正すチャンスです。
それが多ければ多いほど、伸びシロがあるという事です。
自己投資する目的を履き違えないこと
自己投資をすることは大切です。
でも、大切なのは自己投資をした内容を、ただのお勉強だけして知識として頭の中に
しまい込むことではありません。
気づいた事、なるほどと思った事、これはと思った事、等学んだことを実生活で実際に
使うという行為をしなければ、つまりインプットしたものをアウトプットしなければ
本当に学んだことにはなりません。それではただの自己満足で終わってしまいます。
ただの自己満足を得るために自己投資をしたのではないでしょう?
いつの間にかそのように目的と手段が入れ替わってしまうことはよくありますが
そうなってはオシマイです。
自分を変える為に自己投資をするとか、自己投資するにあたって目標や目的が必ずあった
はずです。
でも、自己投資をして、つまり投資といいつつ、教材を買って終わってしまう
セミナーには出てみたけど、実際にセミナーで習ったことはその場限りで終わってしまう
ということでは、せっかく自己投資したものが自分の血や肉にならずに、そのまま
排泄されてしまうのと同じになってしまう。
それでは、自己投資をした意味がありません。
せっかく自分の時間やお金を使って、自己の成長の為に投資をしたはずです。
生かさないと。
生かすも殺すも自分自身です。
これは自戒を込めて書いてる事でもあるのですが、私もこうやって偉そうなこと書いていても
勉強するに当たり、参考書を買ってそれで満足してしまうタイプだったので、参考書は一杯
持ってるのですが、その参考書を活用しないで終わるということが良くありました。
だからこそ声を大にして言いたいのです。
そもそも自己投資とは?
自己投資という言葉が最近聞かれ始めてきました。
投資という言葉だけだと、どうしても金融的なイメージが付いて回ります。
例えば、株式投資、先物取引、FX投資などなど。
そもそも投資というのは、それ相応の見返りを求めて自分の金銭を投げうち、
利ザヤを稼ぐ事にほかなりません。それ以上でもそれ以下でもない。
でも、その利ザヤが確実に投資額より多くなって戻ってくるとは限らない。
大きく返ってくる時もあれば、全然返ってこないこともあり、下手をすれば
借金までして投資したところが倒産なんてことになると、全てが水泡と帰す
わけで、借金だけが残るなんて事にもなりかねません。
だから、株を含めた投資というのはとても不確かで、ギャンブル性の高い
行為だと思われがちです。
しかし、自己投資は違います。
投資する対象は「自分自身」です。
では、自分自身に投資する際に、何を投資するのでしょうか?
それは、当然お金もあるでしょうが、お金よりも時間を投資する方が可能だと
思います。
自己投資にはいろんな方法がありますが、根底に流れている理念は一つです。
その理念とは「自分の成長の為に、お金と時間を使う事」です。
その考えに準じる行為は全て「自己投資」であると言えます。
自己投資には色々あると思います。
本を読む事も自己投資になります。
その本を自己のお金で購入し、自己の時間を使って読む。お金と時間を投資してます。
あと、仕事をするうえで知っておくと役に立つようなことを教えてくれるセミナーに
参加する事も、例えば、集客セミナーに参加する事も自己投資になります。
英語をやりますか?
日本人の苦手意識の最たるものに英語に代表される外国語の習得があります。
英語産業は日本にとってはとても大きな産業であり、自己投資と言うと、この英語が
話せるようになりたいという欲求と、あと仕事でやむなく英語が必要であるという人
色々入り混じって英語が産業として成り立っているのが日本の現状です。
言葉に対してこれだけコンプレックスを感じている民族も珍しいのでは?と思えるぐらいに、
英語苦手ってのが、まあ自分も含めてですが、日本人の大半なのではと思うのです。
その中でも英語が喋れるってだけで、特別扱いをされたりしてるのが現状なのですが
考えてみれば、英語がこれだけ世界を席捲したのは、歴史上のいろんなことはあると
思いますが、一つの理由として、言葉として意外に簡単だからということはあると思うのですね。
覚えたり使うのが難しい言語だったら、ここまで世界に広がらないのと思うのです。
そりゃね、イギリスが世界を植民地したという歴史があり、アメリカが世界を征服した
(苦笑)からという事情はあると思いますけどね。
とにかく、日本では英語を話せるようになるというのも自己投資の一つに数えられて
おりますが、沢山ある教材の中で、英語がキッチリ話せるようになるのって中々ありません。
良くある教材で、「聞き流すだけで自然と英語が口をつく」なんてキャッチフレーズ
のモノを見かけますが、言葉なんて実際に人と話さないと覚えないんじゃないですかね。
聞き流すだけで発達するのは聞き取る能力だけで、話す能力まで相乗効果として
アップするのでしょうか? 非常に疑問に思います。
自己投資一般論
自己投資という言葉が一般的になって、一億総自己投資という感じがしないでもない
今日この頃です。
日本人の悪い癖で、マスコミや国に煽られるとすぐそっちの方に行ってしまうクセが
ありますね。
近頃はそうやって散々騙されてきたことにようやく気付き始めて、マスコミが煽ろうが
政府が煽ろうが、「へー、だから?」みたいに右に左に受け流すようになり、煽られたら
煽られただけ、煽ったやつの思い通りに煽られるというクセも大分無くなってきました。
とても良い傾向だと思いますが、でもまだまだだと思う事は一杯ありますね。
何でこうも画一的にモノを考えるのだろう?と思います。
物事を一方からしか見ずに、そして白か黒か、善か悪か、正しいか間違いか、ONかOFFか
0か1かというようにデジタルな判断を下そうとするのです。それが世間というものです。
そして自分と違う考えの人間を排除しようとします。
違うでしょ?と思います。
なぜ受け入れることができないのでしょうか?
元をただせば、日本という国土がそうだったように、島国ですから、外敵が入りづらく
複数の民族が入り乱れてみたいな感じではなかったから、このような村八分的な感覚というか
よそ者を受け入れない、認めないというようなプログラムががDNAに深く入り込んで
いるのかもしれないですがね。
自己投資もそう言う感じで、メディアに情報操作されているのではないか?と疑いたく
成るような感じも無きにしも非ずですが、これが日本における自己投資なのではないで
しょうか?
リラックスすること
とかく肩の力が入っているのが日本人。でも本来の日本人はそうではなかったはず。
特に武道の達人には、いかにも強そうという人をあまり見たことがありません。
外見で人を威圧することも一つの技かもしれないけど、本物というのは外見はとても
穏やかであるというのが私の認識です。
空気投げを開発した柔道十段の達人は、背のたけが159cmで体重も60kgに満たない
とても小柄なひとなんだけど、相手の腕一本持っただけで投げ飛ばしてしまうという。
その映像をテレビでみたけど、見た感じそんなに強そうではないんですね。
この小さいおじさん?というのが正直な感想です。
しかも画像が白黒だもんだから、よけいに貧相に見えてしまう。
そういう小さいおじさんが自分の背丈の倍は言い過ぎだけど、1.5倍位の大男を
バンバン投げ飛ばしてしまいます。
それもエイヤーと力いっぱいにではなく、相手が勝手に飛んでるみたいに見えるんです。
そして、動きがとても滑らか。
全然方に力が入ってない。どころか全身脱力してるようにも見えるんですね。
これこそが極意なんじゃないかな?と思うんです。
自己投資という言葉だけ聞くと、自分に投資するわけだから、要するに自分を成長
させるために自己投資をするんだ!と肩に力が知らず知らずの内に入ってしまいます。
それだと長続きはしないと思うのです。
やる気がある最初のころは、無理を承知でがむしゃらに勉強すると思うのですけど
段々、疲れてきちゃって、ちょっと休むつもりが、1日休み、2日休み、3日休みと
段々休みの方が増えてきてしまうんですね。